【公式ブログ】浜名湖舘山寺美術博物館 ギャラリー ラ・メール

★弘法大師の宿曜占星術★廃業しました

1階ギャラリー個展案内


●1月1日(日)~31日(火)
「古布ざんまい」招布工房 大場久仁子
●2月2日(木)~29日(火)
「幻想画展」
●3月2日(木)~31日(金)
「第9回仏像彫刻展」
●4月1日(土)~14日(金)
「浅井勝雄・写真展」
●4月15日(土)~30日(日)
「「春の労美展」
●5月1日(月)~15日(月)
猫写真展&天然貴石.創作ジュエリー展
●5月16日(火)~30日(火)
光と愛のメッセージ展
高井一暢
●6月1日(木)~13日(火)
牧野良香展
超細刻・超細書「今を楽しむ」
6月11日(日)13:30~
縄巻・尺八コンサート
飲物付¥2,000 要予約
●6月15日(木)~30日(金)
宙を奏でる点描曼荼羅図作品展
※ミニ点描体験会 ドリンク付¥1500
6/16・17・18・24・25
13:00~

堀江陣屋

東京大学大学院情報学環・史料編纂所教授 山本博文先生によると、「堀江藩(舘山寺町)」は江戸時代は旗本領で、新政府は明治元年9月に大澤基寿を1万6千石の石高を持つ大名と認め、立藩が許可されたそうです。しかしこの「1万6千石」という申告はまったくの虚偽であり、実際の石高は5千5百石ほどしかなかった。基寿は浜名湖の湖面を「いずれ埋め立てて開墾する予定」などとして領地に加え、水増しを行って架空の石高をはじき出していたのである。明治4年の廃藩置県によって堀江藩は堀江県となり同年11月に浜松県に合併。わずか4年で堀江藩は消滅した。この時基寿の虚偽申告が発覚。基寿は華族から士族へと降格されたうえ、禁固1年という厳しい処罰を科せられている。そもそも立藩が認められたこと自体が不思議だが、基寿は14代将軍徳川家茂に嫁した皇女和宮の付き添い役や、15代将軍徳川慶喜の大政奉還上奏で使者役を努めた高家旗本であるだけに、倒幕側の人間とも交流があったとされている。あるいはその人脈を活かし、新政府の高官と何らかの裏取引を行ったのだろうか?真相は不明である。

弘法伝説八十八話展

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穴大師ポスター知ってる

弘法大師にまつわる、面白い八十八の話しの本を出版しました
舘山寺の穴大師(弘法大師が修行した洞窟)はパワースポットです
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 私の母方の祖父が若い時、京都から弘法様の像を背負い歩いて新居町まで持ち帰って来たのをよく母から聞かされていました、幼い頃からここ舘山寺温泉のお寺さんの奥に祀られている穴大師様には時々お参りしておりました。この館山には言わずと知れた名刹曹洞宗舘山寺、愛宕神社、山頂には舘山寺聖観音菩薩、麓付近には水神様の松、橋本にはお地蔵様。先人達の信仰に満ち溢れたこの土地で育んで来たのに、顧みると弘法様のことをよく理解していなかった自分に気がつき、ここに弘法様にまつわる伝説をまとめてみました。改めて沢山の伝説が残されていることに驚くばかりでした。そこで、いくつか愉快なお話をおりまぜ、四国八十八巡礼に因み八十八話に編集致しました。
最後に冊子を作るにあたり、きっかけを作って頂いた方、お話の拾い出しにご協力を頂いた方々に深く感謝申し上げます。

二〇一二年八月
      浜名湖舘山寺美術博物館 館長 金 原  洋
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三十五話 弘法様と穴大師の眼病平癒
時代は明治、舘山寺の門前に竹四朗というお百姓さんがいました。体力が自慢で信仰心はあまりなく畑仕事一筋にうちこんでいました。そんなある日の事伸びた草の葉で目を突いてしまいました。日ごとに視力が衰え歩くことさえ不自由になってきました。「困ったことだ。なんとかならないものか。」と思案の末、弘法様におすがりしようということで、翌日より毎日、竹四朗は朝暗いうちに起きて手探りで穴大師まで行き「目が良くなるように」とお参りをしました。それから暫くたった冬の寒い日、畑で作業をしていた竹四朗の頭上を手拭いをくわえたトンビが飛んで来て、その手拭いを落としどこかへ飛び去って行きました。竹四朗はその手拭いを持ち帰り、毎朝顔を洗った後にそれで目を丁寧にふきました。何日か過ぎると不自由だった目は嘘のように回復してきました。弘法様(穴大師)のおかげに違いないということで竹四朗はその手拭いを家宝にし、毎日の仕事に精を出したくさんの財を築き幸せに暮らしました。それ以来「穴大師」は眼病平癒の信仰を集め多くの人々に「目のお大師さん」として親しまれている。
三十六話 弘法様と穴大師
弘法様が館山(現舘山寺温泉)にやって来たところ折からの雨が、嵐と変わり、容赦なく襲いかかってきました。このままでは体が冷え切ってしまいます。小道を行くと岩の影に、ずぶぬれの姿でうづくまっている母親と幼な子がいました。気の毒にと近づいてみると母の方は病気で、その子供が懸命に介抱していました。なんとかこの子のために雨宿りが欲しいものよと弘法様が合掌すると、突然、目の前の岩屋が音を立てて崩れ始め、ぽっかりと洞穴があいたのです。弘法様はそこで母子の冷えた体を温め、嵐の通り過ぎるのを待ちました。岩屋の中は外の嵐から完全に遮断されて暖かく、見る間にこの母は回復することが出来たのです。この洞穴は、「穴大師」と呼ばれる様になった。
三十七話 弘法様と館山トサカ岩
弘法様が館山の洞穴に入り修行をていると鶏の鳴き声がしました。「鶏がいるのか」と思い岸辺に出てみると、「とさか」の形をした岩(鶏石)があったので、この岩が鳴いたのだろうとこの岩を『とさか岩』と名付けました。

学研発行「茶の湯」入門に掲載

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図説「茶の湯」入門 学研発行のP81に当館所蔵の『平蜘蛛釜』が掲載されました。是非ご覧下さい。・・・館長

交通案内

浜松駅から舘山寺温泉行遠鉄バスで50分→浜名湖パルパル下車徒歩1分
案内地図(小)
浜松西インターチェンジから15分→浜名湖パルパル横セブンイレブン舘山寺店の筋向い
案内地図(浜松駅から)
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