【公式ブログ】浜名湖舘山寺美術博物館 ギャラリー ラ・メール

★弘法大師の宿曜占星術★廃業しました

2階美術博物館

 浜名湖舘山寺美術博物館は、徳川家の名品を中心に館蔵されております。
主な館蔵品は、信長の欲しがった松永久秀の「平蜘蛛釜」、三方原合戦の直後、信長が浜松について「体たらく」と諌めて書いた戸田半右衛門宛の朱印状、尾形光琳の十二ヶ月図屏風、関が原合戦の直前に小出吉政宛に書いた徳川家康の書状、谷 文晁の百花百鳥図、渡辺崋山の商山四皓図、武具、茶道具等江戸時代の美術品を収集しています。
2階美術館入口
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信長の欲しがった「平蜘蛛釜」当館館蔵品 ●展示中●
平蜘蛛釜5M
利休の師匠、武野紹鴎作「霰釜」●展示中●
霰釜
武野紹鴎(たけの じょうおう)は「侘び茶」を草案、堺や京都の商人や、武将たちの茶の湯の指導に当たるようになります。
弟子は、津田宗達(宗及の父)、今井宗久、長谷川宗仁、油屋紹佐、茜屋宗佐、銭屋宗訥、千宗易(利休)などの商人、そして、武将 三好康長 の名が知られています。堺で茶の湯が広がり、発展したのは、紹鴎によるところが非常に大きいといわれています。
茶人武野紹鴎が、少壮の34歳以前の利休に送った「侘びの文」に侘びの真髄についての説明が書かれています。

侘びと云ふこと葉は、故人もいろいろに歌にも詠じけれども、ちかくは正直に慎み深く、おごらぬさまを侘びと云ふ。
  一年のうちにも十月こそ侘びなれ。定家卿の歌にも、
  いつはりのなき世なりけり神無月
  誰がまことより時雨そめけん
とよみとりけるも定家卿なればなり。誰が誠より、とは心言葉も及ばざるところ(不及処)を、さすがに定家卿に御入り候。ものごとの上にもれぬところなり。
茶事もと、閑居して物外をたのしみ居る所へ、知人とぶらひ来て、茶点てもてなし、何かなと、花を生けてなぐさみ候すがたにて候。
天下侘の根元は、天照御神にて、日国の大主にて、金銀珠玉をちりばめ殿作り候へばとて、誰あってしかるもの無候に、かやぶき・黒米の御供、其外、何から何までも、つつしみ深く、おこたり給はぬ御事、世に勝れたる茶人にて御入候。
ふるきを捨てず、新しきを求めずといふところ肝要にて候。今さへ古きを求め宝となす風俗にて候へば、なげかはしなげかはし。後代にては影も形もなくなり、あき人の業になり申すべしと、いとかなしく候。
侘といふ文字、空法師幾日か工夫候へども、埒あき申さず候。本来物のなき人は手に入りかね申すべし。あなかしこあなかしこ。

利休の侘び茶、師匠紹鴎の影響が偲ばれる手紙です。

尾形光琳作「十二ヶ月花鳥図屏風 当館館蔵品 ●展示中●
美術館 005 5M

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