【公式ブログ】浜名湖舘山寺美術博物館 ギャラリー ラ・メール

★弘法大師の宿曜占星術★廃業しました

堀江陣屋

東京大学大学院情報学環・史料編纂所教授 山本博文先生によると、「堀江藩(舘山寺町)」は江戸時代は旗本領で、新政府は明治元年9月に大澤基寿を1万6千石の石高を持つ大名と認め、立藩が許可されたそうです。しかしこの「1万6千石」という申告はまったくの虚偽であり、実際の石高は5千5百石ほどしかなかった。基寿は浜名湖の湖面を「いずれ埋め立てて開墾する予定」などとして領地に加え、水増しを行って架空の石高をはじき出していたのである。明治4年の廃藩置県によって堀江藩は堀江県となり同年11月に浜松県に合併。わずか4年で堀江藩は消滅した。この時基寿の虚偽申告が発覚。基寿は華族から士族へと降格されたうえ、禁固1年という厳しい処罰を科せられている。そもそも立藩が認められたこと自体が不思議だが、基寿は14代将軍徳川家茂に嫁した皇女和宮の付き添い役や、15代将軍徳川慶喜の大政奉還上奏で使者役を努めた高家旗本であるだけに、倒幕側の人間とも交流があったとされている。あるいはその人脈を活かし、新政府の高官と何らかの裏取引を行ったのだろうか?真相は不明である。
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